1946年
この年11月から、日本福音ルーテル熊本教会の有志が九州女学院(現・ルーテル学院高校)の礼拝堂で毎週日曜日の午後に礼拝を始めたのが、室園教会のさきがけです。
敗戦直後はあらゆることを自分でしなければならないので人々は大変忙しく、しかも電車もバスもほとんど走りませんでした。当時の熊本教会は、白川小学校近くにあった「みどり幼稚園」で礼拝していましたが、室園や黒髪からそこまで行くのは、今日では想像されない位大変でした。そこで九州女学院で礼拝しようという機運が出てきたようです。九州女学院の寮生を加えて、毎週50人くらいの礼拝になりました。
1947年
2月に熊本教会から独立の承認を得て、教会設立願を日本福音ルーテル教会に提出し、教会設立準備委員会を発足。
4月20日に、九州女学院の音楽教師が石松量蔵牧師から洗礼を受けました。
この日に教会設立総会を開いて、教会名称を「日本福音ルーテル室園教会」と決め、役員と予算を決めました。当面は、主として九州女学院長・三浦豕牧師が礼拝司式と説教を担当しました。

6月に長沼三千夫牧師が初代専任牧師として就任し、農家の2階を借り上げて牧師住宅としました。9月からは、上益城郡浜町(今の山都町)と菊池郡西合志村(今の西合志市)でも伝道を始めました。
1948年
室園教会の現在の会堂前庭と会堂玄関付近の土地と、そこにあった木造の古家を牧師館として購入しました。
1949年

ルーテル教会婦人会連盟の戦後第1回大会が九州女学院で開催され、室園教会の三浦道子さんが会長に選出されました。
当時の婦人会は、米国ルーテル教会婦人会から送られた衣類などのバザーを開いて多くの人に喜ばれました。物資不足で、教会の集会案内ポスターも、麦飯の粒を糊の代わりにして貼りました。
1951年
坪池誠牧師(第2代)が就任。
1952年
牧師館隣接地を教会用地として購入しました。
同年、西合志村の集会の信徒が献げた畑地に会堂を建てて西合志伝道所(現・合志教会)が発足したので、室園教会の信徒30人を送り出しました。
1953年
室園教会の牧師館と会堂を建てる計画が承認されました。
工費447万円の大半は、米国ルーテル教会の補助ですが、室園教会員は家具等も含めて76万円を調達することとし、募金を始めるとともに、洗剤、チリ紙、お茶などの販売で資金を集めて、3年間で達成しました。
1954年
9月に牧師館が完成。10月に新しい教会堂の定礎式を行い、12月のクリスマス礼拝でオープン。
翌年1月に献堂式を挙行しました。
木造アルミ葺、一部3階建て、建坪107坪、総工費447万円でした。
子供聖歌隊が発足し、子供図書館も始めました。


1955年
九州女学院初代院長のマーサ・エカード先生が帰国、ともに教育に献身されたマリオン・パッツ先生も前年に帰国されました。

エカード先生

パッツ先生
このころの教会学校は、上熊本、京町、寺原、立田に分校を持ち、教師が27人いました。
1962年
福本秀盛牧師(第3代)が就任。九州女学院長・三浦豕牧師が院長を退任。
1963年
牧師館に電話が開通。
1965年
熊本教会と共同で、立田山に納骨堂「熊本聖徒廟」を建築しました。

1968年
野口泰介牧師(第4代)が就任。
1969年
礼拝出席者年平均113名(室園教会最高記録)。
1973年
古坂生也牧師(第5代)が就任。
1984年
重野信之牧師(第6代)が就任。
1985年
長年懸案のオルガンを購入しました。
1987年
40周年事業として、室園教会40年史の発刊や会堂改修を実施しました。
1988年
斉藤忠碩牧師(第7代)が就任。
1993年
1991年の台風で会堂が大被害を受けたため、計画を繰り上げて新会堂の改築に踏み切り、1993年5月に竣工しました。
建築資金のため、初めての教会バザーを開催。

新会堂(現在の会堂)

ハドル先生
長年、九州女学院で教えるとともに、室園教会にも多大な貢献をされたエリザベス・ハドル先生が帰国されました。
2000年
鈴木英男牧師(第8代)が就任。
2005年
後藤由起牧師(第9代)が就任。
2009年
100人の礼拝を目標とする宣教計画をたて、スローガンを『ホッとする教会』としました。
2010年
エレベータを設置し、2階の礼拝堂に車椅子でも行けるようになりました。
2011年
西川晶子牧師(第10代)が就任。
2014年
会堂の補修と、屋根・外壁の塗装をしました。それまでの緑色の外観から、えんじ色の屋根と薄いクリーム色の壁に一新されました。


2016年
4月14日, 4月16日に熊本大地震が発生。
2020年
崔大凡牧師(第11代)が就任。
2025年
和田憲明牧師(第12代)が就任。